第8章 15 Minutes Focus 

Ⅰ メンタルトレーナー花咲さんとのコラボ

―2019年秋の大会―

10月には2019年最後の公式戦として秋季全三河大会があった。

刈谷工業は1回戦で国府と対戦。

3対1とリードしたまま9回裏ワンアウトをとり、勝利目前のところで豪雨に襲われる。

グラウンドはすぐにぬかるみ、いたるところに水たまりができる。

グラウンドはまるで田んぼ。ピッチャーは制球に苦しみ、ストライクを投げるのも困難な状況になり、ランナーをためてしまう。

そして、ランナー満塁から犠牲フライで3対2に。

さらに、ツーアウト2、3塁からライト前ヒットを打たれ、絶体絶命な場面でライトの中村君からのバックホームで2塁ランナーを捕殺。

ぎりぎりのところでサヨナラ負けを免れ、3対3の引き分けで再試合に持ち込む。

翌日の再試合では、気持ちを切り替え、初回に7点をとる猛攻で一気に勝負を決めた。

そして、9対1の7回コールドで初戦を突破した。

しかし、2回戦で愛知県を代表するサウスポー柵木投手を擁し、秋の西三河大会を優勝した岡崎工業と対戦し、0対1の惜敗。

新チームになって、なかなか結果が出ないが、その後の愛工大名電との練習試合で相手は1年主体であったが、見事に勝利。チームとしては順調に成長している手応えを感じていた。

そうした中で、愛知県の秋の県大会で優勝した中京大中京は、その後の東海大会でも優勝、さらには全国明治神宮大会でも優勝。新チームになって無敗のままシーズンを終えた。

刈谷工業は、夏の大会で中京大中京に負けてから、新チームでは「中京大中京に勝つ」ということを目標に取り組んできた。

そして、その目標のチームが全国制覇した。つまり、刈谷工業は、日本一のチームに勝つことが目標となった。

刈谷工業の選手たちは、日本一のチームに挑戦者として立ち向かっていくことを心意気に感じており、モチベーションはあがっていた。

そんな選手たちが、さらに上のステージにあがるためには、メンタル強化のための起爆剤が欲しいと思い、メンタルトレーナーとして全国で活躍する花咲ともみさんに札幌から名古屋に来てもらうことにした。

私が社会人の学び場であるエッセンシャル・マネジメント・スクールで花咲さんと出会ってから「いつか刈谷工業で一緒にメンタルトレーニングのセッションをしましょう」と言い続けていたが、2019年11月23日、それがついに実現した。

―ビジョントレーニング―

まず花咲さんには、ビジョントレーニングをしてもらった。

プロ野球のチームも取り入れているトレーニングだが、今回はときには紙コップ、ティッシュ、箸などを使って、遊びの要素を取り入れながら実施した。

花咲さんの素敵な笑顔と美声が心地よく、選手たちは本当に楽しそうにいい表情をして取り組んでいた。

その後、休憩時間なども、選手たちは時間を見つけて、自主的にビジョントレーニングの復習をしていた。

こういう真面目な姿勢が刈谷工業の最大の強みでもある。

―心のスイッチ―

花咲さんのメンタルトレーニングは、勝利によって誰を喜ばせたいのか考えてもらうことから始めた。

「中京大中京に勝ちたい」「その理由は何だろうか?」

「大切な人が喜んでくれるから」

「誰に喜んでもらいたいのか」「誰を喜ばせたいのか」

「中京大中京に勝ったら一番感動してくれる人は誰なのか」

人は自分のためだけではなく、誰かのためにがんばることが力になることもある。

そんな誰かをイメージしてもらった。

さらには、ピンチのとき、チャンスのときにポジティブな状態になるための「心のスイッチ」をつくった。

刈谷工業の選手たちは、ピンチのときにネガティブなことを考える代わりに、「いつも通り」「大丈夫」「やればできる」などのポジティブな言葉を心の中でつぶやくようにしている。

こうしたセルフトークは、今後も継続しつつ、今回は、チーム全員が一緒に使う言葉とサインを決めた。

ピンチのとき、チャンスのとき、心の中で同じ言葉を唱えることで、「一人じゃない」「みんなが見守ってくれている」という気持ちになり、チームの一体感が増し、パフォーマンスを向上させることが目的である。

全体での話し合いの結果、言葉とサインが決まったら、今度は誘導瞑想。

「ピンチ/チャンス」「サイン」「言葉」「最高の状態」を潜在意識の中でつなげていく。

一流のスポーツ選手は、ルーティンと呼ばれるポーズをよくとっているが、これはポーズだけを真似ても、あまり意味がない。

ポーズと最高のイメージをつなげている状態を常につくるようにトレーニングする。

一人でやるのではなく、輪になって選手同士が全員をみながら一緒にやった。

本当にあたたかい時間がそこには流れていた。

実際に「心のスイッチ」をチームとして試合や練習にどのように取り入れていくのかは、検討が必要だが、このように思いを一つにするセッションが契機となって、仲間同士で励まし合う雰囲気がさらに高まったと思う。

花咲さんの約2時間のメンタルトレーニングは、あっという間に終わった。

もともと刈谷工業の選手たちは素直な子たちが多いが、花咲さんがつくりだす「場」の雰囲気によって、生徒らの純粋さをさらに引き出してもらうことができた。