第3章 健全な仲間関係(前半)

Ⅰ お前のエラーで負けたなら仕方ない

―仲間とは何か?―

冬のトレーニングのモチベーションになるようにと3月14日には中京大中京との練習試合が設定されていた。

相手はBチームであったが、甲子園の常連校の中京大中京。ユニフォームの着こなしや、鍛え抜かれた体躯、そのたたずまいからして違う。選手全員のランニングの足がきれいにそろっているなど、試合前のアップから野球に取り組む姿勢の素晴らしさが伝わってくる。キャッチボールやノック、声出しなどの雰囲気の作り方は、まさに刈谷工業が目指すべきチームそのものだと思う。

今回は練習試合ということで、メンタルトレーナーの私もベンチに入って観戦。中京大中京に負けないように刈谷工業も必死に声出しをしており、ベンチの雰囲気は非常に良かった。凡打でもハイタッチは、まさにチームの象徴であり、三振しても、四球を出しても、エラーをしても、常に肯定的コミュニケーションを心がける選手たちは、見ていて気持ちがよかった。

その一方で、課題も見えてきた。立ち上がりの先頭バッターの内野ゴロでエラー。終盤の重要な局面でもエラーが出てしまった。いずれのエラーも失点につながり、結果は敗戦。ナイスゲームではあったが、何かモヤモヤした気持ちが残る試合でもあった。

試合後のミーティング。中田先生は厳しい口調で選手に問いかけた。

「この試合はエラーで負けた。エラーは仕方ない。でも、果たして『お前のエラーで負けたなら仕方ない』と思ってもらえるような取り組みをしてきたと言えるだろうか」

まるでガツンと頭を鈍器で殴られたような衝撃が走るほどの鋭い質問だった。

それと同時に私自身が感じていたモヤモヤの原因がはっきりした。

「ミスしてもOK」というチームの方針は、結果ではなくプロセスを見ようというメッセージである。つまり、エラーしたことが問題ではない。エラーに至るプロセスはどうだったのかということが大事である。

夏の大会は、3年生にとっては負けたら引退の「負けられない戦い」の連続である。そこで誰かのエラーで負けて、高校野球生活が終わってしまうことだってありうる。

練習を真剣にやらなかった選手が試合の肝心なところでエラーをして、その他の一生懸命がんばってきた他の選手の努力が全部無駄になってしまったら、「ミスしてもOK」なんて思えるはずがない。

そこまで突き詰めて本気で考えた上で「ミスしてもOK」と心から思えることが重要である。残念ながら、その水準までにはまだ到達することはできていないのではないか。でも、逆に言えば、そう思える境地に至ることができるほどの取り組む姿勢が生まれたら、恐れるものは何もない。本番でただベストを尽くすことだけに集中すればいい。

刈谷工業は、優しい選手が多い。今回もエラーをした仲間を責めたりする人はいなかった。

でも、本当の仲間だったら、もっと本音でぶつかり合ってもいいのではないかと思った。

肯定的コミュニケーションをベースとしたチーム作りは間違っていないと思う。しかし、表面的に肯定するだけの薄っぺらい関係性であれば、これ以上のチームの成長は望めないだろう。今日の試合を観て、選手同士が本音で向き合い、お互いに尊重し合っているからこそ、ときには厳しいことも率直に意見交換し、その結果、肯定的なコミュニケーションに溢れているチームであってほしいと思った。

そういう意味でも、「仲間とは何か?」を改めて考えさせられた一戦であった。

 

―何かが足りない―

春の公式戦が始まり、西三河大会春季一次リーグは1位通過。県大会への出場権を獲得する。二次トーナメントでは、準々決勝で豊田西に0対3で負けるも、全三河大会決定戦で豊田に延長11回の末、3対2で勝ち、西三河大会ベスト8。

春季県大会は4月14日に1回戦があり、豊橋中央と対戦。結果は、1対3の敗戦だった。しかし、豊橋中央は、昨年の夏の大会でベスト4に進出しており、今年の東愛知大会の優勝候補である。そのような相手に対して接戦に持ち込むことができたことは決して悪い結果ではなかったと思う。

夏の東愛知大会の前哨戦ともいえる春季全三河大会は5月19日に豊川と対戦。こちらも甲子園に出場経験のある私学だが、2対4の善戦であった。春の公式戦では、結果を残すことはできなかったが、重要なのは夏の大会に勝つことである。プラスに捉えれば、公式戦で豊橋中央と豊川と試合ができたことが、これからきっと生きてくると思う。

その後は、夏の大会に向けて練習試合。

Bチームではあるが私学四強の享栄、愛工大名電、東邦、中京大中京と対戦。享栄には8回まで勝っていたが、その裏にひっくり返され5対7の逆転負け。愛工大名電とは2対3の惜敗。東邦には2対6で敗戦だった。

そして6月11日には中京大中京と練習試合。7回までは1対1と互角の戦いをする。しかし、その後は失点を許し、終わってみれば1対4で負けてしまった。

試合を観て思ったのは、刈谷工業の選手の成長である。ピッチャーの投げるボールも、野手の守備力も、打者のスイングも、全体的によくなっていた。さらには、チームワークや雰囲気作りは、強豪校に決して劣っているとは思わなかった。

しかし、本当に甲子園を目指すのであれば、何かが足りない。強い相手でもそれなりの試合はできるチームに仕上がってきたが、勝ち切ることはできない。いつも接戦にはなるが、最後は負けてしまう。これほど同じパターンの試合展開が続けば、それは偶然ではなく、必然と考えるのが妥当だろう。

夏の大会までに1カ月を切った。チームは順調に強くなってきている。しかし、甲子園出場という目標を達成するためには、さらに上のレベルを追求していく必要がある。

 

―自らの判断で動く―

私がメンタルトレーナーとしては重要視しているのは、①選手が自ら考えることと、②選手同士で開かれた対話をすることの2点である。これは野球に取り組む姿勢を何よりも大切にし、誰かに強制されてするのではなく、自らの判断で動けるようになることを目指す中田先生のチーム作りともリンクしている。

6月14日のメンタルトレーニング。おそらく夏の大会を前にまとまった時間がとれる最後の機会だと思った。そのため、今回は、選手に夏の大会についてイメージしてもらうことから始めた。

まず最初に「東愛知大会の決勝と甲子園の試合では、どちらが緊張すると思う?」と質問したところ、多くの選手が「東愛知大会の決勝」と答えた。さらには「東愛知大会の決勝で刈谷工業が勝ちました。そのときのスコアは?」と投げかけたところ、2対1とか3対2というように全員が接戦のイメージをしていた。つまり、甲子園よりも緊張するだろう東愛知大会の決勝戦は、決して楽な試合展開にはならず、必ず接戦になるというイメージを選手は持っているということである。

もし仮に、そのような展開が本当に実現した場合、そこで重要になるのが選手の状況判断能力である。

例えば、同点のまま7回や8回に突入した場合、守りでは、どのようなことを想定して、どこでアウトをとることがよいのか?攻撃では、ランナーとして次の塁を狙って突っ込むべきか、自重するべきかを瞬時に判断することが求められる。

実際に、私が観戦した試合でも、1対1のまま終盤に入り、ノーアウトランナー1、3塁の場面で、ダブルプレーを取りに行った判断が気になった。確かに中間守備だったので、ダブルプレーを狙うことは間違ってはいないが、打球が強く、ホームでアウトをとれるタイミングだったので、1点を防ぐためにホームで勝負をしてほしかった。それが勝ちに行くときの守備だと思うからである。

野球は状況判断のスポーツである。そして、今の刈谷工業にとって最も伸びしろのあるのは、この部分だと思う。

したがって、普段の生活から自らの判断で動くことで、状況判断能力を養うことが必要である。何気ない些細なことが緊迫した重要な場面で適切に判断することとつながっている。さらに言えば、重要な場面で、最高の状況判断をするためには、そのときのために余計なところで脳を消耗しないように省エネを心がけることも大事である。そこまで意識して逆算して考えることができたら、毎日の生活の意味が変わってくる。

刈谷工業の野球部は、野球ノートを活用して、自ら考える姿勢を何よりも大切にしてきた。そんな選手たちだからこそ、自ら判断で動くためのベースはあるはずである。

そのようなことを考えながらメンタルトレーニングに臨んだ。今回のセッションでは、さまざまなテーマに対して、選手自身が自ら考え、率直な意見交換を行った。50名ぐらいいる選手の多くが一斉に挙手をして、みんなの前で自分の意見を発表する姿は、こちらの想像をはるかに超える圧巻の光景であった。しかも、レギュラーや3年生ばかりが話すのではなく、1年生などの下級生も、それぞれの立場から本音で話していた。

まさにオープンダイアローグのようなことが、この場で起きていたと思った。

選手の意識は非常に高く、このようなことを考えて日々の練習や試合に取り組んでいることが分かり、うれしくなった。私が何かをレクチャーするというよりは、選手との対話の中で次々に新しいアイディアが生まれてくるような感覚であった。

セッションの最後に、10点を東愛知大会の優勝としたスケーリング・クエスチョンをすると、7点や8点と答える選手が多かった。これを予選の開幕までに1点あげることができれば、あとは負けられないトーナメントを勝ち進んでいく中で成長していくだろうし、甲子園のチャンスは十分にあると思う。

6月16日には、東愛知大会の組み合わせ抽選会があり、いよいよ運命の夏の大会が近づいてきた。メンタルトレーナーの私にとっても、身の引き締まる思いであった。