第4章 スポーツの本質(後半)
Ⅱ スポーツの価値
―スポーツとは何か―
スポーツの本質を考えていく上では、その語源から考えていきたい。その語源はラテン語の「deportare」にさかのぼるとされる。これは日常生活の労働から離れた、遊びの時空間、余暇、レジャーといった意味である。そこから古フランス語の「desporter」に転じ、英語の「sport」になったと考えられている。
つまり、スポーツは、もともと日常生活の労働から離れることを意味していたことからも、自ら楽しむもので、強制されて行うのではなく、自ら判断して行うものだと言える。
そのように考えると、スポーツの価値とは以下の通りである。
- 強制されて行うのではなく、自らの判断で行い、スポーツパーソンシップを守り自由にプレーを創造するのがスポーツである。
- その競技の歴史的な成り立ち、伝統を学び、理解した上で、その競技自体を尊重する心を持つ。
- スポーツを楽しむには、弱いものいじめせず、フェアプレーを貫き、立派な行いをし、全力で戦いながら寛容さと遊び心を忘れない。
- 成果や結果ではなく、勝利や成功を目指して努力する過程こそがスポーツの重要な意味を持つ。
- 努力から生まれる喜びと充実している存在の感情を得る。
- スポーツパーソンシップとは、スポーツの本質であり、スポーツの価値そのものである。
- 技術や肉体同様に、スポーツパーソンシップもスポーツを通じて少しずつ身につけていく。
- 試合や競技的なゲームの本質は、対戦相手同士が同意したルールのもとで、選手が互いに最善を尽くし、卓越性(※)を相互に追求することである。
- 卓越性を追求し、互いのパフォーマンスの向上、上達を目指す。
※ 卓越性=より高いところを求め続ける心と行動のこと。
本来、スポーツとは、「遊び」と「真剣さ」のバランスによって成り立つ、身近で手軽に参加することができるものであり、成果や結果ではなく、勝利や成功を目指して努力するプロセスこそが重要な意味を持つものだと考えることができるだろう。
―目標は選手が決める―
2019年1月18日、新年になって初めてのメンタルトレーニング。
第2章「超集中」でも解説したように、超集中状態のフローに入るためには、チャレンジングだけど達成可能な目標を設定することが重要である。
適切な自己評価のもとで、適切な課題設定をして、毎日それを集中してこなしていくことで、成長を最大化することができる。
今回は、まずは個人にチームの目標について考えてもらった。
ここで重視したのは、県大会ベスト8とか、曖昧な目標にしないことである。仮に県大会ベスト8の力のあるチームだとしても、もし初戦で甲子園に出場するレベルの高校と対戦したら勝つことは難しい。逆に、そこまでの力はなくても、強いところと対戦せずに勝ち進めば結果としてベスト8を達成することもある。つまり、結局のところ、くじ運で決まってしまうような曖昧な目標を掲げても、これから選手が具体的に何をすればよいのかイメージしづらい。
大切なのは、どれぐらいの強さの高校に、どんな試合をしたいのか、なるべく詳細にイメージすることである。まずは、そのイメージを個人で行ってから、今度は全体でシェアしながら、つながれるポイントをさぐっていった。
去年の夏の大会で負けた刈谷高校には絶対に勝ちたい。
工業大会の決勝でも対戦した豊田工業に何回やっても勝てるようになる。
去年、甲子園に出場した愛産大三河に後半で集中力を見せて競り勝つ。
具体的な高校名が出てくるのは、どれも同じ西三河地区のチーム。どこもよく知っている相手だからこそ、具体的なイメージがしやすい。
選手の目標を引き出していくと、「春の西三河大会優勝」をチームの共通目標として集約することができた。
目標が共有できたら、0点から10点で、今の到達点をスケーリングした。
私からは「10点の状態は、西三河大会優勝よりも上の設定でもいいけど、どうする?例えば、私学四強に勝つとか?」と提案してみた。
すると、選手からは「それは今のチームでは、チャレンジングだけど達成可能な目標ではないです。西三河大会優勝を目標に設定して、それに向けて何ができるか考えていきたいです。その方がフローに入れると思います」という内容が返ってきた。
この回答を聞いてメンタルトレーニングの質問に対して本気で考えてくれていることが伝わってきた。
目標は高ければ高いほどよいとは限らない。大事なのは、そこに取り組む姿勢である。
「甲子園出場」でも「ベスト8」でもなくて「西三河大会優勝」というローカルな目標。
しかも監督やコーチが決めるのではなくて、選手が自分たちの力を自己評価した上で決めたことに意味がある。
監督やコーチがチームとしてのビジョンを示すことも大切かもしれないが、スポーツの本質から考えれば、やはり目標は選手が決めるべきである。
地図の目的地と現在地が決まれば、あとはその点と点を結ぶ道のりを描くだけ。
その後、個人に焦点を当てた目標設定のワークに取り組むと、上手な目標を立てている選手と、ぼんやりした目標になっている選手がいた。これは高校生には難しい課題だとは思う。だからこそ野球ノートを活用するなどして、指導者が手助けしてあげることが大切だと思った。
2018年のシーズンは、愛知県の工業大会優勝という最高の形で締めくくった刈谷工業。
春までに、どんな進化を見せるのか?
去年のチームも素晴らしかったが、今年はそれをきっと超えていけるはずである。