第5章 創造力(後半)
Ⅱ イメージする力
―イメージと妄想の違い―
エッセンシャル・マネジメント・スクール(EMS)には、部活動があり、参加者が自分たちの共通の関心から部員を集い、Facebookとzoomなどを活用して交流をしている。
私はメンタルマネジメント部の部長として、より効果的なメンタルトレーニングの方法を開発するための共同研究をしている。私はこの部活動を通して、メンタルトレーナーの花咲ともみさんから多くのことを学ばせてもらっている。
メンタルマネジメント部の研究テーマの一つに「イメージと妄想の違い」がある。
イメージとは、余計な思考に囚われていないニュートラルでリラックスした心の状態から生まれるものであり、真っ白な心のスクリーンに映像が自然と映し出されてくる感覚のものである。「やってくる」「浮かんでくる」「降りてくる」もので、とても創造的なものである。
一方で、妄想とは、欲望から生まれる脳内での反芻のことであり、頭の中でぐるぐるしているだけで創造的なものは生まれてこない。妄想とは、脳内で勝手に作り出す根拠のない思い込みであり、不健全な欲求などの歪んだ考え方が背景にあることが多い。
したがって、メンタルトレーニングでは、妄想ではなくイメージする力を向上させることを重視している。
心理学の世界では、意識の表層から無意識と言われる深層に向かって「こころ」が層構造を持っていることを仮定しているが、メンタルトレーニングでは、多層的な「こころ」のさまざまな領域にアクセスすることを試みる。
近未来の青写真として起こる可能性のある未来を予測している意識領域もあれば、ゼロから人生の創造を司る意識領域もある。メンタルトレーニングでは、未来をイメージするワークを行うが、意識という広大な海の中から、よりよい未来の道しるべとなりうるヒントを得ることが目的である。
イメージする力を促進するためには、左脳で考えるのではなく、右脳で感じることが求められる。Thinkingという思考よりも、FeelingやSensingといった感覚、さらにはIntuitionという直観が重要となる。
このように「イメージと妄想の違い」を明確化したメンタルトレーニングを提供することで、その効果を向上させることができるだろう。
―未来をイメージする―
2019年3月7日、刈谷工業高校野球部で、イメージと妄想の違いを意識しながらメンタルトレーニングを行った。
この際、EMSのメンタルマネジメント部で行った花咲さんの誘導瞑想のワークを参考にしながら、夏の大会で奇跡が起きている状態についてイメージしてもらうことにした。
まず選手に目をつぶってもらい、深呼吸で呼吸を整えることから始める。
リラックスした状態で、自然の好きな場所にいるイメージをしてもらう。
そこは海かもしれないし、山かもしれないし、草原やお花畑かもしれない。
場所のイメージができたら、今度はそこでの景色や音や匂いなどに注意を向けてもらう。
五感を使って実感を伴ったイメージをしてもらう。
そして、そのイメージを味わってもらう。
少し間をおいたら、そこに大きなスクリーンが降りてくることをイメージしてもらう。
「ここはあなただけの自然の映画館です。今から上映されるのはあなたのドキュメンタリー映画です。製作者は、すでに奇跡が起きて最高の状態になっている未来のあなたです」
「今日は6月29日、愛知県の夏の大会の開幕日。第1回戦の試合があります」
「朝、何時に起きて、家族とどんな会話をしていますか?」
「球場にどのように向かっていますか?」
「チームメイトとは、どのように接していますか?」
「監督やコーチとは、何を話していますか?」
「試合前、あなたは何をしていますか?」
「試合が始まりました。チームの勝利のためにあなたは何をしていますか?」
6月29日の朝から試合が終わるまでの行動について、なるべく具体的にイメージをしてもらった。
さらには、そのスクリーンに近づいて見てもらった。
スクリーンの遠くからも見てもらった。
どの場所がしっくり来るのか感じてもらった。
そして、スクリーンの中に入っていってもらった。最後は、スクリーンの中の自分と対話したり、未来の自分と一つになって、自由自在に動きながら、奇跡の状態を五感を使って味わってもらった。
脳とは不思議なものであり、現実すらもイメージとして処理しているため、自分で作ったイメージと、現実の区別がつかない。だからこそ、自分でイメージを膨らませることによって、脳が認識している現実を変えてしまうことができる。
このようにして奇跡が起きた最高の状態をリアルにイメージすることできたら、ゆっくりと目を開けてもらい、そのことを野球ノートに書きこんでもらった。
その後、選手たちとイメージを共有するための対話を実施した。
ナイスピッチングをしたり、勝利打点をあげるイメージをする選手もいれば、ベンチで裏方としてがんばっている姿をイメージする人もいるし、制服を着てスコアラーとして大きな声で仲間を励ましているイメージの選手もいた。
本当に多様な関心があり、肯定ファーストの風土の中で、「勝利」という共通の目標に向かって、それぞれがベストを尽くしている、そんな感覚を共有する場になった。
選手がイメージしたことが実現したら、これほど素晴らしいことはない。
決してそれは不可能ではないはず。
選手のイメージ力、創造力を信じたいと思う。
高校野球の3月上旬は、冬のシーズンオフが終わり、対外試合が解禁されて、これから実践を重ねていく段階。そして、西三河大会優勝という目標に向けてリーグ戦が始まる。
これから刈谷工業高校野球部がどんな奇跡を起こしてくれるのか本当に楽しみになるようなメンタルトレーニングのセッションであった。