第6章 弱者が強者に勝つために

Ⅰ 2019年の闘いの軌跡

―2019年春の闘い―

2019年の春、刈谷工業は春季西三河大会一次リーグ戦は全勝で1位通過。

二次トーナメントは、準々決勝で岡崎工業に7対8で惜敗。目標としていた西三河大会優勝は果たせなかったが、愛知県大会出場権を獲得する。

春季県大会では、1回戦で科技高豊田に8対4で勝利。

2回戦では「公立の雄」と呼ばれる強豪校の大府と対戦。

私学が圧倒的に優勢な愛知県で公立ながら春夏7度の甲子園出場を果たしており、巨人・槇原投手、阪神・赤星選手といった一流のプロ野球選手を輩出している。

この格上のチームに対して、なんと3対0で完封勝利!

この勢いで次の3回戦に勝てば愛知県ベスト8。

夏の大会のシード獲得への期待が膨らんだが、桜丘に0対2の完封負け。

しかし、激戦区の愛知県でベスト16は胸を張ってもよい結果である。

昨年の秋の県大会、そして今年の夏の東愛知大会に続いてのベスト16という結果は、フロックではなく、地力がついてきている証だろう。

特に、最強の公立高校と言っても過言ではない大府に勝てたことは自信になったと思う。

OBによると刈谷工業が大府に勝つことは38年ぶりとのこと。これまで全く勝てなかった相手に勝つことができて、チームの成長に手応えを感じることができた。

相手が同じ公立高校であれば、どんなチームでも互角の闘いができる。

私学四強のような甲子園常連のチームとの戦力差は大きいが、安定して成果を出すことができており、刈谷工業は着実に強くなっていると思う。

―2019年夏の大会開幕―

3月のワークでは、6月29日の夏の大会開幕日にどんなプレーをしているのかイメージしてもらった。

そして、6月29日。

偶然にもイメージする際に具体的に設定した日と同じ日に試合をすることになった。

相手は名古屋工業。1回戦から手強い相手との対戦。

序盤は0対0で共に譲らず。

刈谷工業のエース村山くんの立ち上がりは、逆球が多く、本調子ではないが、尻上がりに調子を上げていく。

4回表、名古屋工業にツーランホームランが飛び出し、試合が動き出す。

しかし、すかさず刈谷工業は4回裏に1点を返す。相手に流れを渡さない。

グラウンド整備を挟み、仕切り直しの後半戦。

6回裏の刈谷工業は、先頭バッターが出塁。さらに盗塁してチャンスを作る。その後、1死満塁のチャンスまで広がるが、後続が凡退し無得点。

1対2のまま試合は終盤を迎える。

負けたら終わりの夏の大会でビハインドの展開はプレッシャーがかかる。

この嫌なムードを断ち切ったのは、刈谷工業の守備。7回表を見事三者凡退に抑える。

守備から攻撃のリズムが生まれる。

すると、7回裏の攻撃で得点し、2対2の同点に。

そして、8回裏に先頭の3番杉浦颯斗くんがレフトフェンス直撃のスリーベースで出塁。ここで4番キャプテンの北代くんの犠牲フライで逆転!さらに1点を追加し、4対2とする。

最後は、9回をエース村山くんが危なげなく抑えて勝利!

見事1回戦突破。

やはり夏の大会は独特な雰囲気があって、両チームとも緊張しているようであったが、それでも選手たちは自分たちの力を発揮することができた。

―フローとゾーンの違い―

7月2日。刈谷工業でメンタルトレーニングを行った。

1回戦が6月29日、2回戦が7月13日と2週間も空くので調整が難しいが、このタイミングだからこそメンタルトレーニングの意義があるかもしれない。

2週間で野球の技術が急激にうまくなることは難しいが、2週間あれば、調子の波やチームの雰囲気はよくも悪くも大きく変化する。

どれだけ練習をしてきても、本番でメンタルが0の状況になってしまえば、パフォーマンスも0になってしまう。スポーツにおけるメンタルの比重は大きいため、選手たちが最高の状態で試合ができるようにメンタル面のサポートを行った。

今回、「フローとゾーンの違い」について話題にした。

どちらも集中力が高まった状態という意味では同じだが、基本的にフローが没頭している状態で、ゾーンはフロー状態から一時的に発生する極限集中状態のことを言う。フローは長時間維持することが可能だが、ゾーンは時間にすると数秒しか入ることができない。

野球で言えば、超一流の選手は試合中ずっとフロー状態であり、打席に立ったときにのみ、別次元の超集中状態であるゾーンに入る。この瞬間には、ボールが止まって見えたり、スローモーションで俯瞰して見える状態になると言われる。生涯のうちに数回だけ経験できる最高の状態と言えるかもしれない。

ゾーンとはフローから入るものだとしたら、より高次のフロー状態からの方がゾーンに入りやすいと考えられる。そのため、今回は、いかに質の高いフロー状態を維持して、本番の重要な局面でゾーンに入るのかについて話し合った。

これは頭で理解してやれることではないが、刈谷工業には、メンタルトレーニングでこれまで積み重ねてきた蓄積がある。

高校生の2週間を侮ってはいけない。これからさらに化けることだって可能である。

大一番でゾーンに入ることができれば、弱者が強者に勝つジャイアントキリングも不可能ではない。

刈谷工業が起こす奇跡を信じたい。