第7章 部分と全体

Ⅰ 目指すべきチームのあり方

―中京大中京との試合からの学び―

中京大中京に敗れて終わった刈谷工業の夏。

3年生は引退したが、すぐに新チームが始動。8月10日に秋季西三河大会が始まり、8月12日の初戦に、昨年の夏の大会でベスト8進出をかけた試合で敗れた宿敵・刈谷高校に3対2で勝利すると、全勝で一次リーグ戦を突破。秋季県大会の出場を決める。

西三河大会二次トーナメント戦では、準々決勝で好投手を擁する岡崎工業に0対3の完封負けするが、その後の全三河大会決定戦では、岡崎学園高校に勝ち、秋の全三河大会出場も確定させる。

そして、秋季県大会開幕前の2019年9月3日にメンタルトレーニングを行った。

今回は、新チームになって最初のメンタルトレーニングだったので、チームの理念を共有することから始めた。

チームの理念とは、共通の最高関心のことである。チームのメンバー全員が一番大切にしたいと思うこと、これを掲げることでやる気やモチベーションがあがること、高校生活の全てを捧げてもいいと思えることは何かを一緒に考えた。

刈谷工業の強みは、チームメイトの関係性がよく、チームワークが素晴らしいところである。だからこそ今回は、より高いレベルを目指すために、「全員が一致」ということにこだわった。

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愛知県で言えば、中京大中京、東邦、愛工大名電、享栄の私学四強といった伝統的な強豪校は、野球の実力以外の部分もしっかりと鍛えられている。刈谷工業は、中京大中京のBチーム(二軍)と定期的に練習試合をしているが、いつも多くの刺激をもらっている。

刈谷工業の選手たちは、中京大中京の本質を「声、迫力、返事」にあると考えている。取り組む姿勢を何よりも大切にしている刈谷工業にとって、中京大中京はまさに見本となるチームである。

そのような背景を持つ刈谷工業の選手たちが、夏の大会で中京大中京のAチーム(一軍)のベストメンバーと試合したことを、どのように受け止めているのか気になった。

メンタルトレーナーの私としては、0対10の5回コールドという大差で負けることは想定していなかった。もちろん中京大中京の強さは分かっていたつもりだが、刈谷工業も春季愛知県大会ベスト16のチームであり、決して弱いチームではない。正直、もう少し善戦できると思っていた。しかし、実際に試合をしてみると、想像以上の強さだった。

圧倒的な実力差に自信を喪失してしまった選手もいるかもしれないし、逆に、何かを感じとり、プラスのモチベーションに変えている選手もいるかもしれない。

自信をなくしてしまった選手にはフォローが必要だし、あの試合から何かを学んだ選手がいたとしたら、それを新チームのチーム作りに生かすことができるかもしれないと考えていた。

そのため、メンタルトレーニングの際に、中京大中京との試合で何を感じたのか率直に問いかけてみた。

すると、ある選手が「中京大中京のAチームとBチームの両方と試合をして分かったことがあります」と発言した。

一体、何が分かったというのか、関心を持って聞いてみると、「声、迫力、返事」といった中京大中京の強みとも言える取り組む姿勢は、AチームもBチームも変わらず素晴らしかったとのことである。

つまり、公式戦で試合に出ている選手も、控え選手やベンチ外にいる選手も、野球の実力の差はあっても、取り組む姿勢に関しては全員が一致しているということである。

今回のメンタルトレーニングでの話し合いの目的にも通じる鋭い指摘に驚かされた。

全ての選手がヒーローになる

刈谷工業が見本としている中京大中京は、レギュラーも控え選手も、ベンチ外の選手も、取り組む姿勢に関しては全員が一致している。 

では、刈谷工業はどうだろうか?

ちょうどチーム内では、レギュラーと控え選手の間の意識の差が課題としてあがっていた時期であった。 

残念ながら、全ての選手の取り組む姿勢が一致しているとは言えない。

その証拠に、前半のメンタルトレーニングでの発言は、レギュラーが中心だった。 

質問の内容としては、レギュラーでも控え選手でも誰でも答えられるものであった。そうであるにもかかわらず、積極的に手を挙げるのか、発言を控えるのか、そこに意識の差が垣間見られる。

チームの理念を考えるときに「全員が一致」ということが重要であるため、レギュラーがどのように思っているのかだけではなく、試合に出ていない選手やベンチに入ることができなかった選手がどんなことに関心があるのか知りたかった。

そのため、セッションの後半では、レギュラー以外の選手の発言を促した。

そうすると、ある選手から「レギュラーもそうでない選手もメンバー全員が欠かせない存在になる」という意見が出てきた。

刈谷工業は、12年生だけでも30名以上の部員がいる。その一方で、背番号が与えられるのは20名まで。つまり、背番号がもらえない選手は必ず出てくる。でも、試合に出られない選手であっても、チームにとって欠かせない存在になることは可能である。

例えば、相手チームの戦力分析、作戦の検討、練習内容、栄養補給、応援方法などの工夫、備品の管理、気分転換やストレスマネジメントなど、選手が分担して実施することで、チームに貢献できることはいくらでもある。

仲間同士で切磋琢磨する、練習でも試合でも、それぞれが自分の役割を考えて自ら行動する、そうすることでかけがえのない存在であろうと志すことが大切である。

こうした高い意識を持つことは、野球だけではなく、社会に出てからも役立つ人間的成長にもつながっていくだろう。

直感的に、これはいいと思ったので、「メンバー全員が欠かせない存在になる」を暫定版のチームの理念にすることを提案した。誰一人として、いなくては困る、そんな「あり方」をしている選手が集まり、全員が一致しているとしたら、すごいチームになると思った。

まさに全ての選手がヒーローになれるチームである。

このセッション後、休憩を挟んで残りのメンタルトレーニングを実施したが、その際には、これまでは遠慮していた控え選手たちが積極的に手をあげるようになり、活気が増した。

「野球は急にうまくなることはできないけど、メンタルトレーニングで手を挙げて発言することはすぐにできることだと思った」と早速、行動を実行している選手もいた。

この素直さと真面目さが新チームの特徴だと思う。今回、チームの理念の共有を試みたことが、これから刈谷工業がどのようなチームになっていくのか非常に期待できる。

メンタルトレーニング翌日の94日は秋季県大会の抽選である。

刈谷工業が県大会で一つでも多く勝ち進んでいくことを願い、メンタルトレーニングを終えた。

生徒の前での講義