第2章 超集中(後半)

Ⅱ 奇跡に向けた現在地

―相手が甲子園常連校でも勝てる―

第1回メンタルトレーニングでは、「最強のチームワークを発揮することができれば、中京大中京のような甲子園常連校が相手でも勝つことができる」と私は選手に伝えた。

この言葉には全く根拠がないわけではない。私は6年ほど前のことを思い出した。

2011年7月25日。私は母校である時習館の応援のために瑞穂球場に来ていた。

対戦校は2009年に甲子園で優勝した中京大中京。

忘れもしない一戦。この日は雨が降っていて、試合開始が大幅に遅れていた。

普通の条件で戦えば太刀打ちできない相手でも、天候などの自然の力を味方にすれば、勝機は見いだせるかもしれない。

試合は中京大中京が先制するが、時習館は4回に同点に追いつく。

しかし、時習館の選手は、相手ピッチャーに完全に抑え込まれており、追加点が入る気配はない。その一方で、中京大中京の選手のスイングは鋭く、毎回のようにランナーの出塁があった。しかし、チャンスでのあと一本が出ずに同点のまま8回へ。

雨が急に激しくなり、野手は守るのが難しいコンディションになる。そこで中京大中京の選手の悪送球が出て、時習館が決勝点をあげる。そのまま3対2で試合終了。一緒に応援していた野球部OBと奇跡の勝利に喜びを爆発させた。

絶対に負けられない一発勝負の試合で接戦に持ち込むことができれば、たとえ相手が甲子園出場常連の強豪校であったとしても大きなプレッシャーをかけることができる。そこで、少しの幸運を味方にすることができれば、たとえ相手が中京大中京であっても勝つことは不可能ではないということである。

 

―何%の力が発揮できたのか―

2017年9月23日の刈谷球場。ついに中京大中京との試合である。

戦力で言えば、刈谷工業は圧倒的に劣勢である。しかし、声出しなどの雰囲気作りでは負けていない。ベンチでは、声を出して、前向きな姿勢を作り出していく。

そして先行の1回表の攻撃。1死1塁から杉本君がツーベースを放つ。

2死2、3塁となり、上野君が2点タイムリー。

さらに続く大塚君がレフト前ヒットを打つ。

ランナーは本塁でタッチアウトになり、3アウトチェンジとなるが、刈谷工業は幸先よく2点を先制する。

しかし、1回裏に1点を返され、2回裏には2点をとられて逆転を許す。

すると3回は一気に崩れてしまい、6失点。

結局、2対10の7回コールドの完敗だった。

「今日の敗戦は本当に悔しい。走攻守の全て中京大中京が上だった」

「でも負けるにしても自分たちの力を100%発揮できた上でのコールド負けだったのだろうか?」

中京大中京との試合後に中田先生から選手には以下の課題が与えられた。

①    もし自分たちの力が100%発揮できていたら、今日の中京大中京に対して何対何のスコアでどちらが勝っていたのか。

②    今日は中京大中京を前にして、自分の力が何%発揮できたと思うか。(ベンチ入り、ベンチ外ともにそれぞれ自分の立場で)

 

自分の力が発揮できた選手もいれば、そうでない選手もいた。

野球ノートにそれぞれの選手が書いたスコアで一番多かったのは、3対5での敗戦が多かった。中田先生の感覚としては、100%の力が出せたベストゲームで4対5での敗戦。監督と選手にそのあたりの感覚に大きなズレはない。

つまりは120%の力が出せれば、6対4、いや5対3で勝てる。

実際に、その後のトーナメントでは同じ西三河地区の愛産大三河が中京大中京に勝って準優勝を果たした。

目の前の相手に勝とうと思うのではなく、まずは自分に勝つこと。

そこからスタートする必要がある。

中京大中京に負けはしたが、200校近い高校のある愛知県でベスト16まで勝ち進むことができたことには自信を持ってもいい。

さらには強豪校と公式戦で対戦したことで「甲子園」という目標に向けた現在地が少しずつ見えてきた。

そういう意味では、試合に負けてしまったことは残念だが、これからの刈谷工業高校の成長に大きな手応えを感じることができた一戦でもあった。

 

―地図を作る―

その後もメンタルトレーニングは定期的に行われた。

秋の大会が終わり、シーズンオフの冬は、試合がないからこそ個々の選手のレベルアップに集中できる時期だが、その一方で、モチベーションを保つことが難しい。

そのため、メンタルトレーニングの時間では、新しい考え方や知識を獲得するための時間というよりは、自分自身やチームと向き合う時間になるようなセッションを用意した。

具体的には、「チームの課題」「チームの強み」「これから目指すチーム」の3つのことについて、各選手が考え、それを壁に貼ってもらい、プレゼンをするというセッションを行った。

これはニュージーランドで生まれた「三つの家」という子ども虐待対応などの現場で使用されるアセスメントとプランニングの枠組みを応用したものである。「うまくいっていることは何か?」「心配なことは何か?」「これから起きる必要があることは何か?」という3つの質問により、「強み」と「弱み」、さらには「希望」という要素をバランスよく捉え、具体的な計画作りへと導いていくことが狙いである。

第1回メンタルトレーニングでも同様のことを行っているが、前回は個人のワークであったのに対して、今回はグループワークにより、チーム全員がそれぞれの考えを共有することを目指した。

まずは「チームの強み」から話し合い、チームのうまくいっているところを選手同士で認め合い、長所を伸ばしていくことを大切にした。さらには、「チームの課題」についても、しっかりと押さえることで、今後のプランニングにつなげていけるようにした。

「これから目指すチーム」については、選手から以下の3つが出てきた。

①    走・攻・守・姿・体で負けないチームで甲子園に行く

②    緊張状態でも100%の力をみんなが出す

③    夏の大会が終わったときに「やりきったな」と思えるチームにする

 

それぞれの意見について賛成の選手は挙手するように求めたところ、3つとも全員が手を挙げていた。つまりチームの共通目標とも言えるものが出てきたと言える。

メンタルトレーニングの課題としては、「緊張状態でも100%の力を出す」ということは非常に重要である。

この課題に対しては、考え方をトレーニングする以前に、まずは普段の練習を100%でやれるようになることを短期ゴールとした。具体的には、練習でフローと呼ばれる超集中状態に入ることができる割合を増やしていくことができるように取り組む姿勢について意識づけを行った。

このように目標を明確化したら、今度はそこを到達するための道のりについて確認した。

「これから目指すチーム」が実現できた状態が10点、全くできてない状態が0点だとして、今日の時点で何点まで来ているのかを選手に考えてもらった。

1点刻みで挙手を求めたところ、1点に4人、2点に11人、3点に12人、4点に7人、5点に1人、6点に1人が手をあげた。

これがこのチームの現在地。

では目的地に到達できるように、まずは何をするべきなのか?

まずは1点でいいので、少しでも前進するための方法を選手と一緒に考えた。

まさにこの作業そのものが地図作りであり、こうしたプロセスを経て作成された計画は、実現可能性の高いものばかりであった。

冬のトレーニングに超集中状態で取り組み割合を増やしていくことで、これらのことを本当に実行したら何が起きるのか?まだまだチームが成長していく可能性を感じさせられたセッションであった。