第6章 弱者が強者に勝つために
Ⅱ 目標とするチームとの一戦
―本気の中京大中京との試合―
刈谷工業は2回戦を8対1の7回コールド、3回戦を14対0の5回コールドで圧勝し、4回戦へと進んだ。
4回戦の相手は、甲子園での通算勝利数が133勝と全国1位の中京大中京。
中京大中京とは2017年秋の県大会で対戦。その後もBチームが相手ではあるが、練習試合を重ねてきた。
野球の強さだけではなく、取り組む姿勢が本当に素晴らしく、刈谷工業が常に目標としてきたチームである。
中京大中京は、青、赤、白のトリコロールカラーのユニフォームから、シンプルな伝統のユニフォームに変更。白地に、胸に濃紺で書かれた「CHUKYO」の文字は筆記体から活字に戻り、立ち襟が復活。オールドファンには馴染みのあるデザインだろう。
鍛えられた体躯、アップから試合前のノックまでの一糸乱れぬチームの姿勢から強さがにじみ出ている。この素晴らしいチームと本気で試合ができることに喜びを感じる。
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9時にプレイボール。
刈谷工業は先攻。
中京は身長184センチの大型2年生エースの高橋くん。
1年生秋には146キロを記録しており、世代トップクラスの実力を持つ。常時140キロ前後のストレートが魅力のプロ注目の右腕である。
初球。
スリークォーター気味の滑らかなフォームから繰り出されたストレートは、いきなり143キロを計測する。
そのストレートの威力に球場がどよめく。
そんな雰囲気の中で刈谷工業のトップバッターの杉本くんは、3球目をレフト前ヒット。球場がさらにどよめく。
2番の三浦くんは初球を完璧な送りバント。サードの送球が乱れるがファーストが柔らかいハンドリングでアウトにする。
3番は杉浦颯斗くん。得点圏にランナーを置くと配球が変わり変化球主体。あっさり追い込まれてしまうが、そこから141キロのストレートを引っ張ってレフト前ヒット。
電光石火の先制攻撃に球場に動揺が走る。
1死1塁3塁のチャンスでチームの頼れる主砲4番北代くん。
どんな形でもよいから先制点が欲しい場面だったが、ショートゴロダブルプレーで無得点。
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中京の初回の攻撃。
刈谷工業の村山くんはストレートは130キロ中盤ぐらいだが、変化球を含めて、よくコントロールされている。
ボールが指にかかっている感じで調子はよさそうだ。
中京のトップバッターに3塁線を突破されるツーベースを打たれるが、後続に対しても冷静な投球を続ける。犠牲フライ2つで1点を先制されるが、バッターを抑えることができている。
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2回表。刈谷工業の先頭バッター5番佐藤くんがいきなりレフトオーバーのツーベース。
続く6番の村山くんは送りバント。
1死3塁のチャンス。
ここで7番の黒柳くんは強烈なピッチャー返し。しかし、ピッチャーのナイスフィールディングで3塁ランナーは憤死。
続く8番の河村くんは三振で無得点。
しかし、1回に続き、2回もチャンスを作ることができた。
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2回の裏。先頭バッターから三振をとる。しかし、6番にセンター前ヒット。さらに盗塁を許しランナー2塁。7番にレフト前ヒットで1塁3塁。ここで一塁ランナーの盗塁をキャッチャーがストライク送球で刺す。
2死3塁とするが、フルカウントから8番にセンター前のタイムリー。さらには9番にもライト前ヒット。ここで刈谷工業は伝令を送る。その後、パスボールと四球で満塁となってしまうが、次のバッターをショートフライで抑えて何とか最小失点で切り抜ける。
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3回表。中京のエースは尻上がりに調子をあげる。
140キロのストレートは、マシン打撃練習を重ねて対応できても、130キロ近いスピードの切れ味鋭い変化球は刈谷工業からすれば未体験のボール。完全に抑え込まれて3者凡退。
しかし、刈谷工業も負けていない。
3回裏。中京大中京を見事無得点に抑える。
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4回表。4番の北代くんのツーベース。続く5番の佐藤くんは四球を選ぶ。
またまたチャンスを作る。
しかし、6番の村山くんはサードゴロのダブルプレー。
ランナーをためることができても、中京大中京の守備は堅く、得点できない。
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4回裏。先頭の7番。広い球場の岡崎市民球場にもかかわらず打った瞬間にそれと分かる完璧な当たりのホームラン。
さすがに動揺したか続く8番に死球を与えてしまう。9番は送りバントで1死2塁。続く1番を抑えて2アウト。
何とか踏ん張りたかったが、2番に強烈なセンター前タイムリー。すかさず盗塁。キャッチャーの送球もよかったが、ランナーの足が速くセーフ。
3番、4番に厳しいところを攻めるが四球で満塁。ここで5番バッターに押し出しとなる死球を与えてしまい、5点目を献上する。
なおも満塁だが、次のバッターを抑える。
0対5で5回表へ。
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刈谷工業としてはそろそろ得点が欲しいところ。
代打の切り札、小幡くんを出すも三振。
無得点で、流れを引き寄せることはできなかった。
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5回裏。刈谷工業は、村山くんから岩田くんへの継投。
先ほどホームランの7番バッターにいきなりスリーベースを打たれる。続く8番にライト前タイムリー。送りバントでランナー2塁。
ここで三遊間の深いところのゴロをショート杉本くんが華麗にさばき、2塁ランナーを3塁で刺す。ナイスプレー!
劣勢にもかかわらず刈谷工業の選手の目は死んでいない。
まだまだ試合は分からない。
そう思っていた。
しかし、2番、3番、4番に連続ヒットで9点目をとられてしまう。
ここでピッチャー交代。再びエースの村山くんをマウンドにあげる。
しかし、無情にも5番の打球は左中間を抜けていき、10点目が入り、試合終了。
あまりにもあっけない幕切れだった。
―コールド負けだけれども―
中京大中京との試合は0対10の5回コールド負け。
結果だけをみると惨敗かもしれない。
でもお世辞抜きで刈谷工業の選手のプレーは本当に素晴らしかった。
選手は普段の力を出すことができた。自分の与えられた役割をしっかりと理解し、やるべきプレーはきっちりきめていた。
ほぼノーミスであり、「強豪校を相手に自分たちの野球をやりきる」というメンタルトレーニングの目標は見事に達成してくれた。
だが、相手がそれ以上に強すぎた。
中京大中京の強さは本物だった。
高校野球では、負けることは誰でも通る道である。それが中京大中京という最高のチームだったということは幸せなことだと思う。
そして、そんな強者に怯まず果敢に戦うことができた刈谷工業の選手は胸を張っていい。
勝利を目指して仲間と本気で野球に取り組んだことは、きっとこれからの人生の財産になると確信している。
高校野球にはスコアだけでは分からないドラマがそこにある。